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ボランティアセンター(今後はボラセン)到着後
各地からのボランティアを集めて朝礼が始まった。
なんとこの日は総勢800名が集まるらしい。
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ボランティアセンター。

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皆が使うスコップ。

大槌ではこんなに人数が集まらなかったので
世間の陸前高田に対する支援度を感じる数字である。

朝礼終了後、各団体に作業内容がマッチングされる。
瓦礫の撤去、写真の整理、草刈りなど色々あるが俺たちの活動は・・・。

道路の補修作業。
高台の仮設住宅前の未舗装の道路を車が通りやすくするため平らに整備する。
思っても見なかった作業。。。

早速バスで活動場所まで移動。
今回作業する地区まではボラセンから車で30分と遠い。
1日しか作業できない時間がどんどん奪われてしまう。。。

現場に行くまでに陸前高田市内を通過した。
市内は未だに震災の爪痕を色濃く残す。
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集まった建材の山。

街自体がかなり水没してしまっている。
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堤防が決壊し海の中にある野球場。

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5階建てのマンション。
4Fまで全壊。
津波の恐ろしさを物語っている。

バスは市内を進みやっと現場に到着。
皆でスコップ、ツルハシ、一輪車を運んで作業開始。
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作業現場近くの標識。

すぐに仮設の住民の方の車が現場を通る。
車は凸凹の道路をかなり低速でガタガタしながら走っていく。
見ていて結構危険だった。

そんな凸凹になっている道路の表面をスコップで削り
削った土をくぼみに埋めて平らにしていく。
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その作業をひたすら続けて行くとかなり平らになった。

そして再び住民の方の車が通ると今度はスムーズに走行している!
ちょっと感動!

かなりの人数でやったので作業は予定より早く終わった。


すると仮設住宅の組合長が仮設の集会所に入れてくれ、震災当日の話をしてくれた。
「3mの大津波警報が出た。でも陸前高田は7mの堤防があるから大丈夫。そう思っていた」
もしかしたら皆そう思っていたのかもしれない。
だから逃げ切れなかったのかもしれない。

それからの日々は地獄だったと言う。
「電気、水道、ガスすべてとまり、当然トイレも使えない。
食料もなくなり始め、情報も入ってこない。」

それでも「日本人生まれてよかった」と言う。
「全国各地からの支援や励ましで頑張れる。そのためにも早く復興したい」
こんな話を生で聞けると思っていなかったのでとてもいい経験だった。

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さらに仮設住宅の方のご厚意で皆に焼き芋焼いてくれた!
心まで暖まる。

それにしても仮設は寒かった。とにかく足元が冷える。
これからの東北の寒さを考えるととても心配になる。

再びボラセンに戻り、道具を片付ける。
全てが終わるとボラセンからボランティアに向け
あったかい飲み物とお菓子のサービスをいただいた。
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ちょっとした事だがこういう気遣いが非常にうれしい。

そして東京へ向けバスは出発する。
今回は作業的には少し物足りなかったけど
組合長さんの話を聞いたり、陸前高田の現状を見る事ができて本当によかった。

自分に何ができるのだろう?
自分に出来る事なんて小さくて意味があるのか?
そんな事を考える前に動いてみる。

そんな人達がたくさん集まって大きな力になる。
そんな気がする。
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